INTRODUCTION

JCRファーマには、医薬品としての承認を目指す開発品目、いわゆる研究開発パイプラインが多数ある。そのリストを見ると、いくつかの品目の備考欄に「J-Brain Cargo®採用」と記されている。今、この「J-Brain Cargo®」が、アンメットメディカルニーズ(いまだ満たされていない医療ニーズ)に応える画期的な技術として、国内外の関係者の期待を集めている。生物の脳血管には血液脳関門と呼ばれる機構があり、脳内への物質輸送を制限している。脳の機能を健全に保ってくれる、ありがたい存在だ。ただし、脳の疾患に必要な物質までをもブロックしてしまうため、治療に向けては大きな障壁となっていた。JCRファーマは、血液脳関門を通過させて脳内に薬剤を届ける独自技術「J-Brain Cargo®」を開発。その最前線に立ち、希少疾病のひとつ、ライソゾーム病の治療薬創出への道を切り拓いた、一人の研究者がいる。


PROFILE

薗田 啓之/執行役員 研究企画本部長

Sonoda Hiroyuki

神戸大学大学院工学研究科 応用化学専攻博士課程修了。博士(工学)取得。2003年に入社後、先端医療技術研究開発センターに配属。その後研究本部、経営企画本部等を経て、2018年より現職。

入社間もない頃、「研究の方向性は誰が決めるのか」「経営の方針は誰が決めるのか」と諸先輩を質問攻めにし、最も興味を引いた先端医療技術研究開発センターへの配属を自ら志願。また、社会人ドクターを目指して大学院へ。会社での通常業務と大学での研究と第一子誕生が重なり「地獄のように忙しい日々」の中、大学の最短記録となる驚異的なスピードで博士号を取得した。とにかく型破りなエピソードには事欠かない。「3人兄弟の真ん中で自分からアピールしないことには誰にも相手にされず、母親からは、やるからには一番を目指しなさいと言われて育ちました。その環境が、今のところ功を奏しています(笑)」



EPISODE.1

「話だけでも聞いてほしい」
心を突き動かされた、子どもへの想い。

うちの子をどうにか救ってもらえないでしょうか。このひと言から、すべてが始まった。2005年のことだった。その日薗田は、ライソゾーム病のひとつ、ムコ多糖症の患者会に参加していた。希少疾病は患者の数が少ない分、関係者同士のつながりが深い。会場のあちらこちらで、患者の家族や医療従事者の交流が繰り広げられていた。そんな中、たまたま隣り合わせた女性が薗田を医師と勘違いし、「子どもが治らないことはわかっています。それでも何とかならないでしょうか」と声をかけてきた。「私は製薬会社の者なので」と少し戸惑いながら答えると、「それでもいいから話を聞いてほしい」という。親としての切実な願いは、胸に迫るものがあった。そして、詳しい症状や日々の状況を聞きながら思った。これは脳に薬がいかないことにはどうにもならないな…。自称「勝手な人間」の薗田は、その直後から単独で新しい技術の開発に向けた研究に取りかかる。もちろん通常業務と並行してのことだが、会社自体も「自分の仕事をしたうえであれば、あとの時間は自由にやってよし」という、今と変わらぬ研究風土があった。


EPISODE.2

最初のブレイクスルー。
やがて仲間が増え、次のステップへ。

「血液脳関門にある特別な輸送システムを利用して脳内に薬剤を届ける」という基本的なコンセプトはすでに存在しており、世界中で技術開発が進められていた。
「問題は、どのように利用し、どのように届けるのか、ということ。ゼロから1を生み出すのではなく、応用+αというタイプのテーマです」
と薗田は何気なく語るが、当然難易度は高く、大量の文献を読み漁っては、途中から加わったもう一人の研究者と二人三脚で実験を繰り返すという日々が5〜6年続いた。そしてようやく、1回目のブレイクスルーが訪れる。モデルマウスを使用した試験で、求めていたデータが出たのだ。思わずハイタッチをして喜び合った。ただ、この先の道のりがこれまで以上に険しいことは、誰の目にも明らかだった。ありがたかったのは、その頃から薗田が相談するまでもなく周りから「こうやったらうまくいくのでは」という声が上がり始め、多くの仲間が協力してくれるようになったことだ。この時点ではまだ薗田の「勝手な研究」だったが、やがてひとつのプロジェクトとして、社内に広く認知されるようになっていく。





EPISODE.3

決定的だった2回目のブレイクスルー。
異例のスピードで臨床試験を開始。

1回目のブレイクスルーから数年を経た2014年、今後の進展を決定づける2回目のブレイクスルーが訪れる。サルの試験で、いい結果が出たのだ。「本当だろうな」「間違ってないよな」。みんなで何度も何度もデータを確認する。ふだんは静かなラボが、熱気に包まれた。薗田らが開発した血液脳関門通過技術は「J-Brain Cargo®」と名付けられ、その技術を適用した製剤を人に投与する臨床試験が2017年3月から始まった。開発のきっかけとなった患者会から約12年。サルでの最初の試験からわずか2年半。医薬品開発のスピードとしては常識を覆す速さだ。なぜそんなことが可能だったのか。薗田は明確にこう答える。
「技術的には、会社にバイオの優れたノウハウが蓄積されていたこと。タイミング的には、日本初のバイオ後続品を上市し、全社に自信が広がった時期だったこと。でも何より大きいのは、一人ひとりの発想を尊重する社風と、意思疎通を図りやすい規模感。希少疾病という領域の医薬品開発は小回りのきく組織でないとなかなか難しく、まさにその部分に、JCRファーマの存在価値があります。」


NEXT STAGE

JCRファーマだから、できること。
JCRファーマにしか、できないことを。

「私の国でも臨床試験をしてほしい。」「子どもを臨床試験に参加させたい。」会社には世界中の医療従事者や患者の家族から、そんなメールや電話が届く。現在「J-Brain Cargo®」の採用は、ハンター症候群やハーラー症候群などムコ多糖症を対象に進んでいるが、ライソゾーム病にはムコ多糖症以外にも数十種類の疾病があり、今後、さらなる対象拡大を目指す。また、ライソゾーム病以外の中枢神経疾患、たとえばアルツハイマー病やパーキンソン病など、新たな領域への展開も、ライセンスを視野に検討を進めていく予定だ。
薗田は最近、「トランスフォーマティブ」という言葉をよく口にするという。
「希少疾病の患者さんには子どもが多く、重篤な症状が多い。だからこそ、生き方や生活を根本的から変えられるような技術や薬を開発したいと考えています。」
JCRファーマだからできること。JCRファーマにしかできないことに、挑戦し続ける。「J-Brain Cargo®」の研究をたった一人で始めた頃も、今も、変わることのない信念。これから先もきっと、その軸がぶれることはない。